詩へのフライト

佐藤文香
詩へのフライト / 15
2026年1月3日

季節の詩、新年の句



あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ

                       中原中也「帰省」より



実家に帰省して、自分の昔の本棚に『中原中也詩集』(新潮文庫)を見つけた。東京の家には、数年前に買った『中原中也詩集』(岩波文庫)がある。私は大学を卒業して1年働いたあと2年間実家に帰っていて、この本棚はそのとき東京から送ったものだから、新潮文庫は大学生のとき買ったものだろう。開いてみると劇団手織座の第18回公演「宝生あやこのポエジカル 中原中也の世界」のプログラムが挟まっていた。2006年10月21日、大学3年生の秋。朗読の会のメンバーの一人が当時私淑していた池田澄子で(私淑のち師事)、彼女の朗読を聴きに行ったのだった。大学時代の私は中原中也になんの興味もなかったので、この公演を聴きにいくためだけにこの新潮文庫を買ったようだ。
プログラムによると、澄子さんが読んだのは「秋」と「狂気の手紙」。この日全体で40篇程度の中也の詩の朗読を聴いているから、自分の中也との出会いはこの日だったと言うことができそうである。俳句の師匠の朗読によって出会った中也、そののち詩を書くようになり中原中也賞を受賞……と言うとドラマチックだが、このときの内容は全然覚えておらず(すみません)、その後文庫が実家に置き去りになるくらいなので、「これを機に中也を読もう!」ともならなかった(すみません)。澄子さんの朗読がすごくうまかったことだけは覚えているから、このとき私は池田澄子という俳人のよさを享受して帰ったのだ、ということにしておこう。それからしばらくはまだ俳句だけを書いていた。

中原中也は「秋」だけでなく「秋の一日」「秋の夜空」「盲目の秋」「曇つた秋」など、秋の詩をたくさん書いている。それだけでなく、「春の日の歌」「夏の夜」「冬の長門峡」など、季節の詩が多い詩人だ。俳句から自由詩の世界に入っていった私にとって、モチーフとして季節が選ばれていると安心する。季節というのは自分を取り巻く世界の側の表情であり、心の外のことについてならいくらでも、誰とでも話ができる気がするので。



丈夫な扉の向ふに、
古い日は放心してゐる。
丘の上では
棉の実が罅裂(はじ)ける。

            中原中也「冷たい夜」より





この詩は「冬の夜に/私の心が悲しんでゐる」から始まるが、途中で「棉の実」が出て来てくれてほっとする。あなたの悲しみはわからなくても、「棉の実」ならわかる。「棉の実」は俳句では秋の季語で、実が裂けて白いほわほわが出てきている様子が目に浮かぶ。そこから薪の煙へ、最後は「私の心が燻る……」と、悲しみの方向性が見えてくる。季節の風物を経由することで、書き手の内面にたどり着くことができるのだ。

ところで、俳人がエッセイを書くとき、その時期の俳句を添えることがよくある。俳句的な区切りでいうと現在は「新年」にあたるので、1月15日くらいまでは新年の季語の句を、と私も思う。少し前に紹介した三橋敏雄の〈起きぬけやもうギラギラの初日の出〉は、時期的には今回紹介するとちょうどよかった。

詩へのフライト / 13 「ギラギラが効いたな」

新年の詩というと、谷川俊太郎の「今年」や新川和江の「元旦」が有名みたいだが、「めでたさ」というのはどちらかといえば現代詩では書きにくいのではないか。センチメンタルな、ナイーヴな、コンプリケイティッドな、というのが現代詩に対する偏見だとしても、「謹賀新年」「お年玉」「あけましておめでとう!」というのは、なんとなく現代詩っぽくない。少なくとも、今の若い詩人はあまり書かないような気がする。試しに新潮文庫の『中原中也詩集』をざっと見たところ、「除夜の鐘」という詩はあるが新年を寿ぐ詩はなさそうだ。

高浜虚子は『俳句への道』で俳句を「極楽の文学」と言った。何かお祝い事があると、俳人は「祝句」を贈る。オプティミスティックな内容を懐疑心や皮肉なしに書いていいというのは、俳句らしさかもしれない。ならば、そういう自由詩を読んだり書いたりしてみる、というのを、2026年のやりたいことリストに入れておこう。ま、澄子さんや私は、ものごとを疑ってかかるタイプの俳句を書きがちではあるけれど。



正月用松なり箱の長さなり

池田澄子『此処』
(朔出版)


佐藤文香(さとう・あやか)

詩人(俳句・現代詩・作詞)。兵庫県神戸市、愛媛県松山市育ち。句集に『菊は雪』『こゑは消えるのに』など。詩集に『渡す手』。

illustration | 原麻理子
title calligraphy | 佐藤文香


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