佐藤文香
詩へのフライト / 16
2026年1月18日
ギンズバーグとトレジョ
本棚からひさしぶりに「HOWL AND OTHER POEMS」を手に取ったのは、またしても英語の勉強をしているからだ。ここ20年、英語を勉強しては挫折することを繰り返しており、今回は512回目くらいの一念発起である。しかし!今回は今までとは違う。昨年ついに「あなたは英語ができた方がいい」と憧れの詩人に言われてしまったのだ。今年は詩なんか書いてる場合じゃない、本当にちゃんと英語を勉強しなければならない(いや、詩も書きます)。
詩集「HOWL AND OTHER POEMS」の著者はアレン・ギンズバーグ。1940年代後半以降登場したビート世代と呼ばれる作家たちの親玉だった詩人で、ご存じの方も多いと思う。私が持っているこのポケット版は、彼らを支えたサンフランシスコの書店で出版業もやっているシティライツ社が出しているもので、私も現地で購入した。が、ほとんど読んでいなかったので、今回裏表紙を見て驚いた。
え、私、ギンズバーグと誕生日一緒やん!
ギンズバーグは1926年、私が生まれる59年前の、6月3日生まれ。買った当時の自分よ、いくら英語が苦手でも著者のプロフィールくらいは読め。
2021年の秋から1年間、サンフランシスコの対岸のバークレーに住み、語学学校にも通ったが、とにかく書かれた英語を読むのが苦痛だった。知っている単語で書かれていても、文のまとまりとして入ってこない。好きなものなら読むかもしれないと思って詩集はだいぶ買ったが、詩になるとTOEICの基礎単語に入っていない言葉ばかり出てくるし、変なところで改行されていたりするので、さらにわけがわからない。結果、「せっかくだからカリフォルニアの有名詩人の作品くらいは努力して読んでみよう」とはならず、スーパーで「日本で買うと倍の値段するねぇ」などと言いながらナパのワインやご当地ビールを買って昼から飲み、語学学校で習ったことをその日のうちに忘れるような日々だった。
その前年にあたる2020年は、コロナのせいで渡米が延期になって東京にいたから、予習のつもりで、青山ブックセンター本店『180人がこの夏おすすめする一冊』に、アレン・ギンズバーグ著・柴田元幸訳『吠える その他の詩』(スイッチ・パブリッシング)の推薦文を書いた。よって、「HOWL AND OTHER POEMS」は日本語訳だけ先に読んでいたことになる。自分が書いた推薦文の一部を引用してみる。
「何たる桃、何たる陰影! 家族全員何組も夜のショッピング!」( 「カリフォルニアのスーパーマーケット」より )初めて読んだアメリカの詩。柴田元幸さんの訳がアツい。英語でも音読したい。
「何たる桃」!。いい言葉だなぁ。あとから読んだ英語原文では「What peaches and what penumbras!」。これももちろん最高だ。アプリで日本語訳すると「なんという桃、なんという半影!」と出た。意味は伝わるが、やはり「何たる」のコンパクトな拍数、それでいて昔の偉い人が言いそうな日本語に訳されている柴田訳こそ素晴らしい。この「カリフォルニアのスーパーマーケット」という詩は、1955年にバークレーで書かれていて(本書のなかでは「バークリー」と表記)、私が1年間住んでいたのもバークレー。おお、同じ街のスーパーに、65年前ギンズバーグもいたのか。
待てよ。
この詩のスーパーって、もしかしてトレジョだったりする!?
アメリカに住んでいたとき、好きなスーパーといえばトレジョだった。「トレジョ」というのは日本語話者による略語で、正しくは「トレーダー・ジョーズ (Trader Joe’s) 」。カリフォルニア生まれのチェーン店で、多くの人たちに愛されている。ほかのスーパーに比べて自社製品が多く、冷凍のシュウマイとチャーハンをよく買った。ついでに私は西海岸のブリュワリーの缶ビールを、片っ端から試していった。
まずはギンズバーグがバークレーのどこに住んでいたか調べてみる。英語でググるのも英語の勉強だ。「Berkeleyside」というサイトを見つけた。……え? 我々が住んでいたアパートからわずか徒歩12分のところ!? 知らずに一年を過ごしたとは何たる失態! 散歩で通過してたじゃないか。それならトレジョもすぐのところだ。Wikipediaによれば、そのスーパーがあったのはユニバーシティアベニューとグローブストリートの角。完全に私たちが通っていたトレジョの場所である!何たる偶然!!
We strode down the open corridors together in our solitary fancy tasting artichokes, possessing every frozen delicacy, and never passing the cashier.
ぼくたちは一緒に 開(ひら)けた廊下をのし歩いた、二人きりの空想のなかでアーティチョークを味見し、あらゆる冷凍の珍味を手に入れながら、一度もレジを通らずに。
Allen Ginsberg, A Supermarket of California
柴田元幸訳「カリフォルニアのスーパーマーケット」より
詩のこの部分はアメリカの大詩人ウォルト・ホイットマン(1819-1892)に語りかける場面。さみしい爺さんとなったホイットマンがスーパー内を徘徊している、そのあとをつけるこの詩の主人公。それを、私の知っているトレジョの店内で再現してみる、店に雇われた探偵のような気分で。アーティチョーク、あります。冷凍の珍味、めっちゃいろいろあります。詩人の方々といえど、レジを通らないと通報しますよ。すごい、詩が一気に、自分のものになった。
さらに調べたところ、残念ながらこの場所にトレジョができたのは2010年。グランドオープンを伝える記事中の客のコメントによれば、それまで買い物といえば最寄りのFred’sに通っていたというから、ギンズバーグがいた当時、トレジョの場所にスーパーがあったかどうかはわからない。でも彼が、私たちが住んでいたアパートから0.5マイルのところで、「カリフォルニアのスーパーマーケット」だけでなく、「吠える」や「アメリカ」などを書いていたのは確かだ。
またいつかバークレーに帰って、自分が住んでいたアパートからギンズバーグの家に歩いて行こう。しかしその前に、私は英語で原詩を読めるようになるべきだ。次なにか機会があれば、この詩の原文と柴田元幸訳を朗読できるといい。そうか、誕生日会でもすればいいんだ。ギンズバーグと、自分の。
佐藤文香(さとう・あやか)
詩人(俳句・現代詩・作詞)。兵庫県神戸市、愛媛県松山市育ち。句集に『菊は雪』『こゑは消えるのに』など。詩集に『渡す手』。
illustration | 原麻理子
title calligraphy | 佐藤文香
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