佐藤文香
詩へのフライト / 17
2026年2月3日
読める詩もある
(恥ずかしいことなので小声で言いますが、)私はまだ、会ったことのない詩人の詩集をあまり買ったことがない。何を読んだらいいですか、と聞いてメモして帰って購入することもあるけれど、2篇くらい読んで本棚に仕舞ってしまうことが多い。それで満足してしまったり、私にはちょっと難しいなぁと思ってしまったりする。俳句や短歌はだいたい1行か2行で1つの作品が終わるのに対して、長く続く詩だと途中で疲れてしまったり、最後の方を読むときにはもうはじまりのことを忘れてしまっていたりする(詩でこれなのだから、長い小説などはもっと読めないが、その話はよくするので今回は省略)。
「短距離選手がマラソンも得意なわけではないみたいに、俳句が読めるからといって現代詩も読めるわけではないんです」と言えればそれまでなのだけど、それとはちょっと違う気がする。考えてみれば私は、俳句でさえ、読むのが苦手な種類のものがけっこうあるのだ。そう考えると、短いからよくて長いからダメ、というわけではなく、俳句は単に苦手なタイプのものを飛ばして読んで読んだ気になっているという、それこそ恥ずかしい事実に直面させられる。読者としては短歌が好きだと公言しているけれど、短歌は専門ではないという気楽な考えから好きな作品だけを読んでいるため、これも決して胸を張って言えることではない。さらに、現代詩は自分が読めるタイプの作品を見つけるところまでまだ辿り着いていないという至らなさである。考えれば考えるほど、自分っていろいろ努力が足りないなぁと思う。
読むのが苦手なのにはもうひとつ理由があって、それは「調べるのが苦手」ということ。はじめに「何から読んだらいいですか、と聞いてメモして帰って購入する」と書いたけれど、いやいや自分で探して見つけろよ、と言われたらそれまでだ。まわりの経験豊富な先輩方や勉強家の友人たちはやさしいので、いろいろ教えてくれて本当に感謝している。私は友達をなくしたら終わりである。夜な夜な飲み歩いているように見えて、実は情報を収集している側面もある(居酒屋でも案外ちゃんとメモしている)。
私にとって大切な詩集、江代充『梢にて』(書肆山田)も、友人の関悦史さんと一緒に「『書肆山田の本』展」に行って、教えてもらって買った一冊だ。関さんとは長年の付き合いなので、私にもわかりそうな詩集を選んでくれた。萩原朔太郎賞受賞詩集であり、ご本人のサイン入りでもあった。
きのう日の落ちぬうちに人と話すことができればと
歩きながら見知ったものを目のあたりにし
ところどころ茎の先に花の付いたちかくの道を
歩幅のある徒歩で行くことにきめていた
江代充「御者」より
帰宅してページをめくり、心底「ああ、よかった」と思った。現代詩にも、自分の読める、読みたいものがあってよかった、と。こころの動きとからだの動き、仔細な風景の、素朴で複雑なむすびつき。ていねいに霜柱を踏み崩して歩くように書かれてあるかと思えば、いつのまにか地の底へと導かれ、暗く熱いものに辿り着く。それでいて読み終わってみると具体的な理解は消え、何かが沁みた跡だけが残る。自分もこのジャンルで作品を書き始めてよかったと思った。江代さんは去年亡くなってしまわれて、多くの詩人が悲しんでいた。私も、読者としては新参者ながら、胸の内で追悼した。
読むべき詩集ほとんどにまだ手をつけられていないのは、今はまだ『梢にて』さえあれば詩を書いていくのに充分だからかもしれない。いやしかし、そんな私に次のオススメを……友人各位、引き続き、よろしくお願いいたします。
佐藤文香(さとう・あやか)
詩人(俳句・現代詩・作詞)。兵庫県神戸市、愛媛県松山市育ち。句集に『菊は雪』『こゑは消えるのに』など。詩集に『渡す手』。
illustration | 原麻理子
title calligraphy | 佐藤文香
詩へのフライト/16
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