詩へのフライト

佐藤文香
詩へのフライト / 13
2025年12月3日

「ギラギラ」が効いたな

先日、去年から所属している学会の秋季大会に参加するため、富山に行ってきた。
大会への参加は初めてだ。今年の秋にインドネシアで研究実践をするための助成金をいただいたのでご挨拶がてら、というのと、今後の発表を視野に入れて、まずは学会の大会とはどういうものか、というのを体験するのが今回の目的だった。どれくらいの人が来るのか、「ポスター発表」とは一体どういうことをやるのかなど、学術的な内容以前に知りたいことがたくさんある。共同研究者の友人が来られないということもあり、緊張しつつ新幹線に乗った。

到着してみると、思ったよりスーツの人が少なくて驚いた。前日に慌てて購入したパンツスーツで来たが、買う必要はなかったらしい。案外着心地がよかったのでまあいいか。ロビーではみんな楽しそうに話している。知り合い同士か、同じ所属機関から一緒に来ているようだった。初参加でしかもひとりぼっちなのは私くらいのように感じられた。会場からは小さくて美しい富山城が見えた。私は富山城を見ていた。

大会は土日の2日間で、1日目はパネルディスカッションと交流ひろばが同時並行で行われる。交流ひろばとは、ポスター発表とまではいかない萌芽的な研究や実践報告と交流の場ということで、私のような新参者にはちょうどよかった。人はかなり多かったが、興味のある報告を聞くことができた。物販では、本ではなく栞を買った。パネルディスカッションも聞いてみようと思っていたが、私はどうしてか、そこで会場を離脱した。会に悪いところはなかったし、いくつかの会議室で行われているパネルディスカッションこそが、この日の目玉だということはわかっていたのに。

昔から、大事なイベントになぜか参加しないことが多い。神戸にいたのにルミナリエを見に行かなかった、ディズニーランドに行ってゴーカートにしか乗らなかった、お気に入りの歌集の批評会に行かなかった、など。今回思い出したのは、家族旅行で本居宣長記念館に行ったのに、ひとりだけ記念館に入らなかったときのことだ。妹でさえちゃんと行くと言うし、入れば価値のある学びが得られるはずなのに、私は外で俳句でもつくって待ってるから、と言って、そのへんでだらだらしていた。自分のわがままで行くのをやめたはずなのに、なんだか悲しい気分になった。あのときは、たしか松坂城址だった。

会場を出た私は、総曲輪通りのカフェでコーヒーを飲んで、古本屋さんに行った。たまたま訪れた店だが、本はいいラインナップだ。なんと、三橋敏雄句集『しだらでん』(沖積舎)があった。家にも1冊あるが、こんなところで出会えたのが嬉しかったので購入した。



おほぞらや戀しき海は海つづき
思ひ出の海の龍卷海に果つ
                                 三橋敏雄





そういえば、富山に来たのに海を見ていなかった。海は駅の北側、会場は駅の南側だからか。去年見た日本海を思い出そう。私の故郷の瀬戸内海とはだいぶ趣が違ったな。けれど、たしかに海はつながっている。アメリカで見た海も。そして空も、つながっている。
二句目、三橋敏雄は長く練習船の船長をしていたから、ここでの「海の龍卷」は、本人が目で見たものだろう。過去の思い出が立ち上がり渦を巻いて、今の海に消える。海は広い、海には長い歴史がある。この世には、海が支配する時空がある。

私が師匠と慕う池田澄子の師匠が三橋敏雄で、新興俳句運動に関わった作家のうち最若手の一人だった。1920年生まれなので生きていれば105歳だが、亡くなったのは2001年12月1日、今から24年前。私が上京する少し前のことだ。この『しだらでん』は1996年刊で、生前刊行された最後の句集。函入りのクロス装で洗練されている(漢字も正字なので、「海」なんかも「毎」の下は「母」なのだけど、ここでは常用漢字にさせてもらった)。スタイリッシュさと滋味深さが両立する作風、と言っても、クール且つホットな作家と言っても、敏雄俳句の凄さには到底辿りつかない。読まれ続けることに耐えうる、真の俳句だと思う。この人の作品がなければ、私は俳句を続けてこられなかっただろう。



起きぬけやもうギラギラの初日の出
三橋敏雄





眠る前、ぱっと開いたページに、大好きな句があった。このギラギラ、何度見てもいい。切字の「や」にも驚く。これまで「起きぬけ」という言葉に「や」を付けた人はいなかった。こんな初日の出なら、パワフルな一年になるに違いない。私はとりあえず、ひとり富山で過ごす二日目を、可能な範囲で楽しもうと思えた。

朝から川沿いを散歩し、ポスター発表を聞いた。絶対に行くと決めていた説明会に行って、研究に関わる本を買った。この日のメインの口頭発表は、やっぱりうまく聞けなかったけれど、今回の目的「学会とはどういうものかを体験する」ことは果たせたと思う。パック寿司を食べ、ご当地ビールの飲み比べをして、充実した気持ちで、帰路に着いた。

予定通りいかなくても得られるものがあったこと。そして、こんな私に優しくしてくれたのが俳句であり、敏雄であったことを、忘れないようにしたい。


佐藤文香(さとう・あやか)

詩人(俳句・現代詩・作詞)。兵庫県神戸市、愛媛県松山市育ち。句集に『菊は雪』『こゑは消えるのに』など。詩集に『渡す手』。

illustration | 原麻理子
title calligraphy | 佐藤文香


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