詩へのフライト

佐藤文香
詩へのフライト / 12
2025年11月17日

詩の朗読=ポエトリーリーディング?

書店やカフェなどで、本に関するイベントがいろいろ行われている。本の刊行記念イベントが多いと思うけれど、そうでないトークや参加型の句会イベントなどもある。ここ10年くらい、私も聴きに行ったり、登壇したりしてきた。

自由詩にはあって、俳句にはあまりないイベントが、朗読会だ。詩人が自作の詩を声に出して読み、ちょっとしたトークを挟み、また詩を読む。お客さんは好きなドリンクを飲みながら聴く。自作以外に好きな詩人の作品を読んだり、ゲストやお客さんが朗読したりすることもある。最近は、三軒茶屋の本屋さんtwililightで、山崎佳代子さん、青野暦さん、奥間埜乃さん、藤原安紀子さんの朗読を聴いた。出演者のみなさんの詩が好きな気持ちが伝わってくる、ゆったりとしたいい時間を過ごすことができた。とくに、山崎さんの声がパリッとしてかっこよかった。青野さんが読んでくれた「火を起こす」という山崎さんの詩も好きだった。



新聞紙をおおきめにちぎり
ざっくりとまるめる
空気が(文字や文章の間に)
いきわたるように
それから薪を
祈りのときの
手のように組む
マッチで火を放つ
(写真や広告の文字が燃え上がり)
つぎに
風を送る
赤々と炎が
竈をつつんだら
燃えさかる文字と絵を
記憶に刻み
鋼の蓋を閉める
ここまでできたら
しばらく休んでいい

山崎佳代子『みをはやみ』(書肆山田)より
「火を起こす」冒頭





少し長い引用になってしまったが、詩の含む空気や時間が、ほんとうに火を起こすときのようだったので、ぜひ声に出して読んで、それを感じていただければと思う。そのときの体の動きや新聞紙の音を追体験することができる。「祈り」と「記憶」という火の本質にも触れ、火のある別の情景も、心のどこかで感じられる。







以前の私は朗読が嫌いだった。朗読の「朗」は「朗詠」の「朗」、というか、なんか抑揚をつけてドラマティックに読んだり、それを聴いたりしないといけないイメージがあった。私はドキドキすること全般が苦手で、わりと冷めているところがあり、なぜ普通の「音読」じゃいけないのかと思っていた。

実は大学時代、俳句の朗読会に出演したことがある。「里」という同人誌の仲間を中心に、浅間山の近くで行われた謎イベント「朗読火山俳 (かざんばい) 」。何をすればいいかわからず、半袖短パンで登場し、舞台上で二重跳びをしてから俳句を読んだ。黒歴史だ。その後、詩の朗読会でも、腹話術を使った詩「下級腹話術師の恋」を読んだり、Siriの声真似をしてSiriと対話する詩を読んだりした。要するに、真剣に詩を読んで人に聴かせるというのが恥ずかしかったのだと思う。聴かせたい詩の持ち合わせもなかった。

その気持ちが大きく変わった出来事がある。カリフォルニア州バークレーに住んでいたときのことだ。

語学学校のある日の授業中、アンディ先生が「今週末ブックフェスティバルがあるよ」と教えてくれて、行くことにした。プログラムを見るに、60分のトークセッションやインタビューが街中の施設ごとに同時並行で行われ、終わったあとに各本屋の販売ブースでサイン会、という流れ。学校がボランティアの集合場所として会場を提供している関係で、生徒に無料で参加者用リストバンドを配布してくれるということだった。

当日、語学学校でリストバンドをもらい、はじめの会場へ行こうとしたら、バークレー駅前から市役所前広場一帯がいつもより賑わっている。近づいてみると、駅前に特設ステージができていた。なんと、ポエトリーリーディングが行われている。ステージ脇のタイムテーブルを見ると、10分ごとに出演者がいて、入れ替わり立ち代わり朗読しているらしい。地元タレントだろうか、派手な格好の司会者が、次の詩人を紹介して盛り上げている。

詩人が駅前のステージに立ち、朗読をしている?? そのへんの人たちがコーヒーを飲みながら、または犬を連れて、朗読を聞いている!? あたかもポエトリーリーディングが、みんなが楽しめるイベントであるかのようじゃないか……! いや、本当に、みんなが詩を楽しんでいるのだった。私も少し椅子に腰掛け、この街の一住民として、初老の女性の朗読を聞いた。環境をテーマにした詩だった。ブックフェスの中心に詩の朗読があり、それに耳を傾ける人がちゃんといるということに、胸が熱くなった。

詩の朗読会は、詩を届ける手段として有効だ。ただ、日本の現状だと、新しい詩人によって書かれる作品を読んだり聞いたりする人の多くは、詩に何かしら関わりのある人ではないかなと思う。私はどちらかといえば、詩の書き手ではない人へ、もしくは日本語話者ではない人へ、日本語の音を届けたい。アメリカで英語の朗読を聴いたとき、内容はあまりわからなかったけれど、声は届いた。もちろん、内容がわかればもっとよかったけれど、作家の声を聴かせるために、言葉は音を提供してくれているとも言える。山崎さんの朗読がかっこよかったのは、セルビアで、世界で、さまざまな人を相手に朗読し、声を届けてきたからだと思う。

私もあるとき覚悟を決め、腹から声を出して、はっきりと言葉を発することに決めた。「朗読」の「朗」は、「明朗」の「朗」、だとすれば、自分の「音読」は「朗読」でいい。機会があればいつでも朗読しよう。英語でもできるようにがんばろう。


佐藤文香(さとう・あやか)

詩人(俳句・現代詩・作詞)。兵庫県神戸市、愛媛県松山市育ち。句集に『菊は雪』『こゑは消えるのに』など。詩集に『渡す手』。

illustration | 原麻理子
title calligraphy | 佐藤文香


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