詩へのフライト

佐藤文香
詩へのフライト / 7
2025年9月3日

描いたり、書いたり、声に出したり

高校で化学も物理も履修していないと言うと驚かれることが多い。「文系だから」で済まされることじゃないだろう、と言われたこともあるが、私の高校ではそれが可能だった。履修したのは生物と地学。遺伝や地震などの計算関係は最後でギブアップした覚えがあるけど、純粋に好きな科目ということでいえば、1位が体育で2位が音楽、生物と地学は3位4位にランクイン、その次が国語、くらいだったかもしれない。

外国語がまったく覚えられないので、文系なのに英語はもちろん世界史・地理までお手上げだった私でも、生物は「キイロショウジョウバエ(黄色猩猩蠅)」や「クンショウモ(勲章藻)」など案外日本語由来の固有名詞が多いので親しみが持てたし、クラスで1番真面目に藻類をスケッチしたおかげか成績もよかった。芸術選択は一科目だったから美術を受講できず、絵が描きたい欲求をここで解消していたらしい。ゾウリムシやボルボックスを描くことで点描のやり方を身につけたと言ってもいい。地学でも「堆積」や「隆起」といった現象を図解して、休みがちだった男子にノートをコピーしてあげた。勉強というよりは描いたり書いたりするのをやっていたのが理科の2科目だった。

言葉や絵だけでなく、実際の生き物もかなり好きだ。神戸のマンションに住んでいた小学生のころ、集会所の植え込みに大量発生した毛虫を、素手で虫籠に入るだけ集めて、まわりの大人をゾッとさせたことを覚えている。赤青黄でカラフルだし、困っているようにも見える顔で、けっこうかわいいと思っていた。よく刺されなかったなと思って調べたところ、その毛虫はマイマイガの幼虫で、2齢以降の幼虫には毒毛はないらしい。なるほど。現在も毒がある虫とゴキブリ以外の虫はだいたい触れるので、近所で車に轢かれそうなスズメガの幼虫などを救助することをライフワークにしている。このお盆には枯れ色のカマキリを送り火に参加させた。



送火を枯蟷螂が見に来たる
蟷螂は不思議げにわが指に乗る
桃色のあり蟷螂の鎌の裏
送火の消え蟷螂の飛び去りぬ

                                        文香





大人になってからは動物園や水族館にもよく行くようになり、大きめの生き物への理解度も高まっている。カワウソ、カピバラといった近年の人気者からマヌルネコやスナネコ、オオヤマネコなどのネコ科動物へ、アリクイのつぶらな瞳も素晴らしく、キツネにオオカミといったかっこいいイヌ科のファンにもなり、一周回って現在のイチオシは海のイケメン・真鯛である。メンクイの人は、最終的に鯛に行き着く説を唱えたい。

動物それぞれの種の名前と、生き物自体とをセットで愛するのが私のやり方だ。さみしいときは「やぎ……」とつぶやくとヤギを思い出せる。2拍なので「ろば……」もいい。「にゃー」と言うのもいいけれど、「ねこ!」と言ったほうがネコの雰囲気が出ると思う。大声で「ねこー!!」と言うと大きなネコになれる。そういえば、いい詩があるぞ。



うな        岩佐なを

うなぎのぼりの美学
見上げる山椒魚
ちっこい目
水域のいとなみに
着想を得て
水草の態度を読み
フラダンス
身体は動かしておくこと
無理はせずにタユマズニ





なんといっても、タイトルがいい。「うなぎ」という名前は、「うな」の部分が秀逸だからだ。「うな」と声に出して言ってみてほしい。気持ちがゆるくなり、誰かに甘えたくなる。「うぎ」や「なぎ」ではこうはいかない。
1,2行目はかっこいいが、「ちっこい」がかわいく、次の3行はまたかっこよくなり、でも結局「フラダンス」をしている。「タユマズニ」は「弛まずに」だが、なにか生き物の名前のようでもあるし、昭和時代の校訓のようでもある。
この詩の主体は、うなぎでも山椒魚でもなく、そのあたりに暮らしている小さな生き物=自分だろう。周囲の環境から学び、運動を欠かさない、真面目なヤツである。

岩佐なを詩集『ゆめみる手控』(思潮社)は「手控」というタイトルのとおり、1ページで終わる短い詩ばかりなので読みやすい。この詩も全9行、これで終わり。
岩佐さんは銅版画家でもあり、この詩集にもたくさんの装画が入っている。植物なのか動物なのか、模様なのかキャラなのか、謎のヤツらだ。「うな」の隣の装画は、藻類を顕微鏡で見たようなもの。噴火中の火山からチンアナゴたちが顔を出し、何かを悼んでいるようなものもある。こんな「手控」であれば、自分で見直しても楽しいだろうなあ。



二階の便所に牛の銅版画を飾った
牛というよりツノの生えたカメレオンか
体中に虹色のアンモナイトをまとい
尻尾は別の何者かに食われている
すずなりの目玉植物を食べるのは
肉食恐竜のように細い手だ
それとは別に四本の足があり
湾曲したダンベルに乗っている
川の向こうの稲妻に向かって
うるんだ目から光線を出している





これは今、岩佐さんの銅版画の作品を私の言葉で書き表そうとしてみたもの。もしかすると、岩佐さんのように謎の生き物を描いて生み出せなくとも、私たちは言葉で新生物を生み出すことができるかもしれない。短い俳句ではなかなか難しいとしても、詩はそれをやるのによい場所と思える。私もオモロいヤツらばかりの詩集をいつかつくりたい。

それと実は、私は岩佐さんのことを勝手に絵の師匠だとも思っていて、たまに妙なヤツらを描いて送りつけている。高校時代の生物の授業のことを思い出したりしながら。


佐藤文香(さとう・あやか)

詩人(俳句・現代詩・作詞)。兵庫県神戸市、愛媛県松山市育ち。句集に『菊は雪』『こゑは消えるのに』など。詩集に『渡す手』。

illustration | 原麻理子
title calligraphy | 佐藤文香


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