佐藤文香
詩へのフライト / 5
2025年8月3日
ハバネロ屋さん
みなさん、お辛いのはお好き?
……おつらい、ではなく、おからい、です。
(おそらく、つらいのが好きな人はいないでしょう。)
私はというと、わさび、七味、タバスコなど、ちょっとピリッとするものが大好き。とくにわさびフリークで、居酒屋の刺身盛り合わせで余ったのを自分の小皿に取っておき、以後肉にも野菜にも載せて食べるなど、かなり執着がある。ふりかけは伊豆のカメヤのわさびふりかけが一番うまいと思っている。山椒や花椒も好き。カレーももちろん好き。インドカレーであれば、ノーマルより★ひとつ辛いくらいを選ぶ。一方、激辛系は腹を壊すため苦手である。
そんな私に、ご近所友達のエリンがハバネロソースをくれた。帰省した際のお土産ということだったが、それがえらく美味しかった。辛さ的には中辛くらいで、赤〜レンガ色。とにかく味がいい。コクがあって、とくに肉の脂に合う。
ハバネロ呉る汝が故郷のアリゾナの
文香
エリンの夫のジェイムズも同じくアリゾナ出身でハバネロ大好き。ふたりの家の冷蔵庫のポケットには、8種類ものハバネロが並んでいるらしい。でも、なかなか日本じゃそんなには揃わないよねえ、と言ったら、なんと東京にもハバネロ屋さんがあるという。エリンは一度行ってみたいと思い、インスタグラムでフォローしているとのこと。え、そしたら一緒に行こうよ! ということで、エリン&ジェイムズと私で、原宿のハバネロ屋さんを目指した。
ハバネロ屋さんの正式名称はHot Sauce Bar。クラフトホットソースの専門店で、ガラス張りのオシャレな店内には、ハバネロ以外にもいろいろな辛いソースが並んでいる。私たちは3人でトルティーヤを一袋、それぞれノンアルコールビールを購入し、関西弁のノリのいい店主の勧めに応じて、あまり辛くないものから試食を始めた。
王道の、いわゆる唐辛子系の辛さのもの以外にも、出汁っぽいものやマクドナルドのハンバーガーみたいなピクルス味、粉もんのソース系や日本製の柚子風味などさまざまで、色もマスタードくらいのものから緑、オレンジ、赤など多彩だ。クラフトビールの缶同様、それぞれの作り手の個性的なラベルにも心躍る。
店主はそれぞれのソースがどんな味でどんな食べ物とマッチするかを心得ていて、エリンやジェイムズがホットソース上級者だとわかると、かなり変わった味のものまで勧めてくれた。一番すごかったのはホップ味。苦いビール独特のえぐみが異常に辛くなったような味だった。ジェイムズはランク的に一番辛いゾーンにも挑戦し、悲鳴を上げたりすることなく、研究者の顔つきで頷いていた。さすがアリゾナ出身は違うぜ、と、私は尊敬の眼差しで見つめた。
自分の肉体が激辛に対応していないのが残念だったが、白身魚のフライなんかに合いそうなクリーミーな黄緑のチポトレが気に入り、それを含めたお試しサイズ4本セットを購入することに。エリンとジェイムズは家にないタイプの味のなかから、それぞれ自分の気に入ったものをチョイス。口中に辛さを残しつつ、満足して店をあとにした。
*
原宿の細道に出たところで、ふと、あの店主のやっていることは、私が俳句でやってきたこととかなり近いのではないか、と思った。たまたま通りかかった人やちょっと興味があって見にきた人、またはすでにハバネロ、いや、俳句が好きな人たちに、最近トレンドの俳句のバリエーションを提示し、その人の好みを聞きながら好きそうな作品や作家をオススメする。俳句を読むということが、ある程度人を選ぶ行為であることも含めて、2017年に刊行したアンソロジー『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』(左右社)はまさに、“ハイク屋さん”だ。まずはいろいろ試し読みしてみて、自分に合いそうな作家の句集を手に取ってもらえるのが嬉しいし、好きな味わいに慣れてきたところで、別のタイプやさらに難易度の高そうな作家を探しに、またこの本を訪れてほしいと思って編集した。俳句になじみのない読者のために、それぞれの作家らしさをいろんなものに喩え、おしゃべりするように紹介したところも、我ながらさっきの店の店主みたいだった。
帰り際にエリンが「私はこれが好きです」と、店頭にないハバネロを店主に逆オススメしていて、店主もその画面を写真に撮って「試してみます!」と言っていた。私も、本に入れられなかった作家を逆にオススメされたりしていたな。買ったソースと一緒にもらったパンフレットを見たら、ホットソースの味と辛さの分布図が座標で示してあった。私が美味しいと思ったフォルモサのチポトレは、12段階の4くらいの辛さで酸味は少ない。そうそう、『天の川銀河発電所』も巻末に座標がついてますよ! たとえばホットで軽めの黒岩徳将、クールで重めの生駒大祐、といったように。反論がある人も多いだろうけど、やっぱり私の主観が反映されないとオススメはしにくいから、そこはお許しを。
叫んでもメロスは来ない夏の海
黒岩徳将
空すでに夕立の態度文を書く
生駒大祐
『天の川銀河発電所』より。この本の刊行からはすでに8年が経っているので、俳句の世界には新しい作家がたくさん出てきている。そろそろ、もっとオシャレな新しいハバネロ屋さん、じゃなかった、俳句のアンソロジーが、また刊行されるといいな。専門店だっていろいろあった方が、店主のこだわりがわかって面白いじゃないですか。
Hot Sauce Bar
https://www.hotsauce-bar.com/
佐藤文香(さとう・あやか)
詩人(俳句・現代詩・作詞)。兵庫県神戸市、愛媛県松山市育ち。句集に『菊は雪』『こゑは消えるのに』など。詩集に『渡す手』。
illustration | 原麻理子
title calligraphy | 佐藤文香
詩へのフライト/4
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