詩へのフライト / 2
2025年6月18日
春のとんび
もう少し、マコトさんの話をしよう。
詩へのフライト / 1 「マコトさんの詩」
病室のマコトさんに、交代で付き添っていた4月28日のこと。
そのとき私は昼食に出ていた。ランチが少し物足りなかったので、病院の斜向かいの大きいマクドナルドでマカロンを食べてから病室に戻ろうと思った。会計をして、2階の席で待っていたら、「酸素濃度が50%台に下がった」とタカシさんからLINE。あわててテイクアウトにしてもらって店を出た。
横断歩道を渡ったところで、「もとにもどった、まだ大丈夫だ」と連絡がきた。よかった、ほっとした。空は、雨上がりの曇り。病院の横の公園で、あまり濡れていないベンチを探し、腰掛けてマカロンを食べることにした。
すると、一羽のとんびが来て、私の上をぐるぐるまわっている。
とんびという鳥はまわりながら飛ぶらしい。
金子みすゞの詩「とんび」の中では、こう表現されている。
とんびとろとろ
輪を描いた。
あの輪のまん中
さがしたか。
「とんびとろとろ」、なんと情けなく、可愛いこと。
私は「ぐるぐる」という擬態語を使ったけれど、まわることの表現として「ぐるぐる」は普通すぎる。「とんびとろとろ」、だから詩になる。とんびからすれば、もっとかっこよく書いてほしかったかもしれないけど。
このとんび、病院の方に行ったり戻ってきたり、10分以上経った。
よく見ると、尾羽を怪我している。
私のマカロンを狙っているのだろうか。
そこでふと、マコトさんのことを思い出した。マコトさんは甘いものが大好き。
そういえば、床ずれになりそうなお尻を、処置してもらっていた。
このとんび、たぶん、マコトさんだ。そう思った。
とんびといえば、「鳶が鷹を生む」ということわざがある。もしかして、息子の鷹、じゃなくてタカシを大事にしてやってくれ、と、私に言いにきたのか! ギャグ好きなマコトさんのことだから、ありうる。「鳶が鷹を生む」は、平凡な親がすぐれた子を生むことのたとえだけれど、とんびだってタカ目タカ科のかっこいい鳥だ。そして、一人息子のタカシさんは自分より立派に育ったと、マコトさんも心では思っていただろう。
何告げに来たるか春の鳶として
文香
とんびが去って、私は病室に戻り、タカシさんとバトンタッチした。
酸素濃度が回復したマコトさんとふたりになって、タカシさんと出会う前からずっと好きだったこの句の鷹のことを考えて、少し泣いた。
未だ逢わざるわが鷹の余命かな
池田澄子
佐藤文香(さとう・あやか)
詩人(俳句・現代詩・作詞)。兵庫県神戸市、愛媛県松山市育ち。句集に『菊は雪』『こゑは消えるのに』など。詩集に『渡す手』。
illustration | 原麻理子
title calligraphy | 佐藤文香
詩へのフライト/1
マコトさんの詩