詩へのフライト

佐藤文香
詩へのフライト / 10
2025年10月18日

短歌の色気にやられたい

自己紹介で「趣味は短歌です」と言うと笑ってもらえる。いや、普通の人なら短歌が趣味でもなんらおかしくないのだが、私はその前に「現代詩と俳句を書いています」と言ってしまっているからだ。どれだけ詩歌が好きなんだよ! とか、歌人ではないんだ? とか言われ、短歌は現代詩や俳句と何が違うんですか、という話になる。答えるのはなかなか難しいけれど、それだけでも、けっこう面白い。

「趣味は短歌です」と言うとき、たいていの場合「趣味は短歌を書くことです」だろう。私も大学時代角川短歌賞に応募したことがあるし、「枡野浩一短歌塾」というオンライン短歌塾に参加して短歌を学ぼうとしたこともある。現在もたまに歌会に参加し、実は短歌用のペンネームで同人誌に投稿しているので、短歌を書くのが趣味と言ってもさしつかえないと思う。
でも、短歌に関して言えば、書くのに使った時間より、読者として接してきた時間の方が圧倒的に長い。歴史には全然詳しくなくて、単純に今生きている歌人の歌の読者、というだけではあるが、歌集で、同人誌で、インターネットで、同時代のいろいろな短歌を読んできた。

2023年に刊行された『おやすみ短歌』(実生社)では、枡野浩一さん、phaさんとともに、眠りに関する現代短歌を100首選んでコメントを付した。自分の好きな歌人の歌をたくさん選ぶことができて、読者としては願ってもない幸せだった。



からだよりゆめはさびしい革靴と木靴よりそふやうにねむれば

魚村晋太郎





魚村さんの歌集『バックヤード』(書肆侃侃房)から、『おやすみ短歌』に選んだ歌。せっかくなのでここでは、『おやすみ短歌』に書いたのとは少し違う鑑賞を書いてみよう。
革靴と木靴が寄り添うように(自分たちは)眠っている。眠りのとき以外、同じ時間を過ごすことはないふたりなのかもしれない。ここでの「からだ」は、自分のものでもあるし、ふたりがお互い感じ合えるものでもある。現実、と言い換えてもいい。「ゆめ」は眠っているあいだ見るものであると同時に、未来や理想のようなものだとすれば、このふたりは、結婚のような進展がない、あるいはこれ以上長くは続かない関係であることがすでにわかっていたりするのかもしれない。今、愛し合うしかないとわかっているのは、「さびしい」ことである。

実は歌集『バックヤード』には眠りに関するいい歌が多くて、どの一首を取り上げるかかなり悩んだ思い出がある。



睡つてゐるあひだにぜんぶをはるから(目をとぢて)空にいろづく榠樝

ねむいひとを駅までおくる借りた傘なくしたやうなうしろめたさに





一首目、上の句のフレーズは全身麻酔での手術のときに聞く言葉と思う人もいるかもしれないが、この歌のなかではどちらかといえば祈り、あるいは催眠的な響きを受け取りたい。「をはるから」「 (目をとぢて) 」というのは、自分に言い聞かせているとも、相手への呼びかけとも取れる。目を閉じて眠っているあいだには、悪いことだけでなく、いいことも終わってしまうような気がするが、それでいい。一方で、薄青空にひとつおおきな榠樝が色づきつつある。眼裏の暗がりと、明るみのなかの黄色の一点。匿われている「ぜんぶ」とのコントラストによって、具体的な映像が美しくゆきわたる歌だと思う。さらに、「睡つてゐる」「目をとぢて」「いろづく」「榠樝 (かりん) 」などの要素を抽出し、性的なシーンの暗喩であることを疑いにかかるのも楽しみ方のひとつ。歴史的仮名遣いで運用される平仮名の姿に色気を感じる。

二首目、「ねむいひと」を一晩ひきとって自分と一緒に寝かせることはできず、家に帰さないといけない。ここに「うしろめた」い事情がある。何があったかはわからないが、「借りた傘なくしたやうな」という直喩によって、この人に言い逃れのできない落ち度があることは伝わってくる。友達の恋人との過ちとか、自分の側に正規の恋人がいる場合とか……。しかし、喩えの美しさによって俗を逃れ、歌としての強度を得ている。雨上がりの水たまりを避けながら歩くふたりが心に浮かんだ。


実は前回(→第9回)、

(本を読まなかった高校生)当時の私に、誰か詩人をオススメするとしたら、と考えると、非常に悩ましい。エロいのが好きだといってもエロい詩を勧めたらダメな気がする。

と書いたが、高校生の私が喜びそうなエロい作品もあるのではないかと思い直した。それで思いついたのが魚村さんの歌だ。未知なる大人の恋への憧れが増幅することに加え、短歌という形式の制約によっていろいろな妄想を膨らませられるのがオススメポイント。もちろん現在の私も、魚村さんの短歌の大ファンである。


佐藤文香(さとう・あやか)

詩人(俳句・現代詩・作詞)。兵庫県神戸市、愛媛県松山市育ち。句集に『菊は雪』『こゑは消えるのに』など。詩集に『渡す手』。

illustration | 原麻理子
title calligraphy | 佐藤文香


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